うちの親父の子育て論

私のお父ちゃんは、とても甘やかす人でした。

いじめられて、学校から帰ってくると相手の家に電話して、うちの子供がいじめられたと電話で言ってくれました。

そんな私は、何かあるとすぐに、お父ちゃんに頼っていた自分が小学校2年生までいてました。

そんな私は、真の友達が出来ませんでした。

小学校3年生のある日、いつも通りいじめられて帰ってきて、お父ちゃんに報告します。

するとうちのお父ちゃんは、近くにあったお風呂を炊く木の棒を私に渡し、 『これで相手を殴ってこい』と言ったのを覚えています。

私は、素直にその木をもって(もちろん、それでどつきに行くなんて勇気もないのにとりあえず言われた通り)に行くと、相手の親からえらく叱られ、そのまま帰ってくるとお父ちゃんがいつもとは逆で相手の親にすごく怒られていたのをおもいだします。(子供の喧嘩で棒を持ってどついてに行けと言う親がどこにいてますか?)

その時、怒られている姿を見て、私はお父ちゃんに対して、すごく悪い事をしたんだと感じました。

それから、お父ちゃんに相談しないで自分で解決するようにしなけりゃと思ったのも覚えています。

そして、月日は立ち中学3年生のある日、家に帰ってくるとお父ちゃんに急に呼び出され、(いつも呼び出されるときは妹と二人なのに)今日は一対一の話をしようと言われました。

昔いじめられっ子だった、私は、中学校の時は、どちらかというと喧嘩自慢の私でしたので、これは叱られる話しだと思い恐る恐る、前に正座して座わると

父曰く『お前を今日から大人として認めます。だから今日から、お父ちゃんは、貴方のことを決して叱りません。その代わり大人としての自覚を持ってください。 中学を卒業するまでに将来何をするか決めて報告してください。多分あなたは、上の学校に行くことを望むでしょう、もちろん私も親なので、お金の援助はします。でも期限があります。18歳までです。あとは自分で稼いでください、すべての援助は18歳までです。』

私自身、やったぁ大人として認めてくれんだと言う嬉しさ半面、えっ18歳までしかお金出してくれへんのかという不安半面でした、しかしここで生まれたのが自覚でした。

その頃、喧嘩に明け暮れていた私に対し、もう一つ言われた約束事がありました。『高校にいって一度でも停学になった時点で高校は辞めること』

もう一つ、これも、すごい足かせだったことを思い出します。

あとお父ちゃんから学校を卒業まじかになると、必ず二人で話しようかぁと言われます。その内容は

『何になるか決めたか?)

大学卒業時(もちろん自力で大学卒業、入学金以外一切お金を出してもらわず)、こと時、私が出した答えは、

(どんな仕事がしたいかは、いまだにわからない、でも一つ言えることは、営業が向いている事,そして、社長に成りたいと思う』こううちの親父に報告しました

その時の返答は、

(そうか、そしたらその方向に進め、しかし、お前は社長に向いていないとお父ちゃんは思う。ナンバー2がむいていると思う、変に取るなよ、世界一のナンバー2もあるんや)

何故に社長が向いていないかは、そのあと数年後に教えてくれた。

しかし、あの時の二人のお店の会話によって、私の人生が大きく変わったことは間違いない

子供を甘やかすのは愛情の表現として大切なことだと思う、しかし、それは小さい頃まで、ある程度の年(私の場合、中学3年)に子供がなれば突き放すことも大事だと思う。

それも愛情込めた言葉をもって(私の場合、今日から大人)

親は先に死んでしまうのが自然の流れ、子ともは私が死んだ後ももっともっと長生きするのだから

親の仕事は、子供にどれだけ、愛をもった試練を乗り越える自覚を持たすかだと想うのであーる

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